Acoustic Guitar Life

松山千春が綴った北海道「大空と大地の中で」解説エッセイ

松山千春

俺はギターの品評会に来たんじゃない

千春は父親の新聞の仕事を手伝いつつ、自由時間にギターを弾くという毎日を送る中、全国フォーク音楽祭の帯広地区大会に参加することにした。高校を卒業してすぐにフォーク音楽祭に出場したが、落選したこともあり、リベンジをかけた出場だった。この大会は民放5局が取り仕切っている、ポプコンと並ぶ全国規模の大会で、北海道地区はSTVラジオが担当していた。

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千春はコンテストの演奏曲を、10円コンサートで手ごたえのあった「旅立ち」に決めて大会に臨んだ。しかし、千春の弾き語りの評価は「そのギターでは・・・」とそっけないものであった。千春はそのコメントを聞くや否や、STVの竹田健二ディレクターに向かって食って掛かり、悪態をついてしまう。

「ギターが悪いのはわかってら。俺はギターの品評会に来たんじゃない!歌の批評をしてくれよ」千春はギターと出会う前に4本弦のウクレレで演奏を練習し、ギターを手にしてからも独学だったこともあって2フィンガー奏法だった。また、フォークとはメッセージであり、歌心であり、生きることを表現するものだとしてきた当人にとって、ギターの演奏テクニックについては二の次の扱いだったのかもしれない。あるいはウクレレから始まり、必死に自力でバイトしてギターを手に入れ、練習してきたという自分のギター人生そのものを否定されたと感じ、頭に血が上ったのかもしれない。いずれにせよ、審査員に意見することは前代未聞であり、褒められた行為でないことは明らかだった。

しかし、竹田は生意気な青年の中に宿っているフォークの魂をきちんと見抜いていた。短いコメントでギターの演奏がなっていないと指摘したのは、プロとしてやっていくことを前提とした視点だろう。また、歌詞や声がとてもよかったため、ギターの演奏の未熟さがより一層際立っていたともいえる。しかし竹田は千春の歌に観客が吸い込まれ、寒く凍えた北海道のホールに、温かくやさしい歌声が響き渡っていたことを誰よりも理解していた。そして、千春が悪態をつき、目を疑うようなひどい恰好をするのは、故郷愛に満ちたやさしい心を隠すための仮面みたいなものだと見抜いていたに違いない。

そういえば「ピエロ」の歌詞の中にはこんな一節がある「そうさ僕はピエロでいいさ いつも笑いふりまくピエロでいいさ 笑いなさい 笑いなさい 嫌な事は忘れて………」

かくして、千春本人は落選したと思い込んでいた帯広地区大会であったが、竹田が「旅立ち」をとても気に入ったこともあり、合格通知が家に届くこととなった。帯広地区大会の次は全道大会の予選だ。地区大会からの選抜メンバー50名がこの予選で10名にまで絞られるが、千春は難なくこの狭き門を突破し、’75全国フォーク音楽祭の北海道大会に出場を決めたのだ。本選は札幌の中島スポーツ・センターで開催されるため、千春は前日に車を運転して足寄から札幌に向かったが、道中でタクシーと接触事故を起こしてしまう。

翌日に大会を控えているにも関わらず、警察で調書を深夜2時まで取られ、翌日も午前9時から再度調書作成となり、時間だけがただ過ぎていった。午前9時といえば、スポーツセンターでは出演者のリハーサルが開始される時間で、さすがの千春も精神的に焦っていたという。やがて、調書の作成が終わり、千春が「コンテスに確実に遅れてしまう」と警察に伝えたところ、なんと、パトカーがサイレンを鳴らして先導し、VIP待遇でスポーツセンターまで誘導してくれたのだった。今のご時世から考えれば都市伝説である。

会場到着後、すぐに行われたリハーサルでは、なんと、千春の直前にリハーサルを行っていたチューリップが、千春のために伴奏を受け持ってくれることになった。もちろんこれは竹田の計らいによるものだったが、千春はこのときのことを振り返って「アマチュアのためによく伴奏をつけてくれたと思う。ベースの吉田彰さんが一生懸命ベースでリズムを刻んでくれたことを覚えている」と述べて感謝と驚きを語っている。

こうして波乱な展開が続く中、いよいよ千春の出番が回ってくる。登山靴のようないびつな靴の上にニッカボッカのだぶついたズボン、ド田舎の左官屋スタイルで舞台に立つ千春。会場には音楽ファンが6,000人ほど集まるという熱狂ぶりだったが、そのほとんどの人の第一印象は「感じ悪いのが出てきたなぁ」であり、審査員の評判も「タレント性はあるが、それだけだ」(かまやつひろし)、「ギターがひどかったし、ニューミュージックへと時代が動いている中でのフォークだった。よりPOPなものが求められている時代だった」(市川光興)といった具合で、入賞を果たすことはできなった。千春本人も「全道大会では絶対落ちると思った。俺って態度悪いから審査員の印象も悪いだろうし、あの時は調書を取られて柄にもなく心が動揺してうまく歌えなかった」と語っている。

普通のミュージシャンであればここで話が終わるのだが、運命とは不思議なもので、千春が落選したことで、逆に竹田は自ら千春を世の中に出すために一層尽力するようになっていく。竹田はローカル局の役目とは地元北海道のスターを発掘することが使命だと普段から口にしていた人物であった。そして、なにより千春の歌の中に流れているノスタルジックな北海道と地元愛の最大の理解者だ。「旅立ち」は竹田を巻き込み、彼の人生までも新しい旅立ちへと導いていくことになったのだ。

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